中川恵バイオリン・ビオラ教室

生きづらさは どこからくるのか

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生きづらさは どこからくるのか

生きづらさは どこからくるのか

2021/01/16

生きづらい世の中だ、とよく言われる。
しかし、「何故」生きづらいのか、「何が」生きづらいのか掘りさげて考える人は少なく、それを取り除こうとする人はさらに少ないのだろう。
そして世の中は生きづらいと形容されつづける。

 

 

小さいころ、朽ち果てたガードレールを見るのが悲しかった。
だから行楽地へ連れて行かれるのは、好きではありませんでした。

 

12歳のとき、原発の新聞広告を読みました。
いかに原発が安全なものか、が書いてあった。
これは危険なものだ、と子供心に思った。

 

 

京田辺のホームセンターへ行くと園芸用品コーナーがにぎわっている。
”農薬を使わないことには、こだわっています”という庶民のおばさまが、化学肥料をPRしている映像が流れていた。

 

ラウンドアップとラウンドアップレディを何周か作付けして、使えなくなった東欧の土地がある、という記事を読んだことがある。

けれど今探しても、その記事を見つけることができない。

 

丹波市で自然農法をしている友達が、同じ情報をふたたび見たいと思っても、出てこないことがある、と言っていた。
米原市で林業をしている友達は、検索ワードを入れると、イヤそっち方向の情報ちゃうねん!  という組み合わせワードがお勧めされる、と言っていた。

 

 

何年か前JR大阪駅のトイレの前を通りかかったら、”右が女子トイレ、左が男子トイレです”というアナウンスが流れるようになっていた。
誰かに親切にしてあげることが出来なくなっちゃった、と思った。

 

私が目が不自由だったら、アナウンスをありがたいと思ったかもしれない。

見知らぬ人にトイレの入り口を聞くなんて、そんなカッコ悪いことできないと思うかもしれない。

でもこのアナウンスは、イヤな思いをすることから救ってくれたかわりに、勇気を出して通りすがりの人に声をかける機会を奪ってしまった。

そうして人と人が助け合う機会が失われてゆく。

 

 

目が不自由な辛さは想像することしかできないので、自分が生きづらいと感じることは何だろう?と考えてみた。

 

列挙してみた。

 

-略-

 

それは解決できないことばかりでしたが、自分なりに「生きづらさ」から遠ざかろうと、視点を変えようと、努力中でした。

 

「ガードレールを見なかったことにする」努力も、してみたことがあります。
結果、心身が壊れてゆきました。
このやり方は自分に向いてない。

ガードレールからは目をそらさず、自分なりの折り合いのつけかたを模索することにしました。

 

 

なお、過去の時代と比べてみると、生きづらいと形容される昨今も、案外そうではないと思えました。

 

戦中は?
戦後は?
高度成長期は?

 

まだ自分次第で自分の生きづらさをなんとかできる時代かも、と思う。

 

駅や車内で、頭の至近距離でスマホを操作する輩から逃げていたけれど、コロナでその心配が減ったし。

買い物後に、自動的にビニール袋が出てくることがなくなったし。
(店内はビニール個装にあふれたままだけど。)

 

バツイチでも、シングルマザーでも、社会の構成員とみなが思っていてあっけらかんと できています。

子供のころ、親戚のなかに未婚のおばが1人いました。

母はその人の話題になると、なぜか声をひそめるのでした。

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