中川恵バイオリン・ビオラ教室

奈良や京都で経験した、田畑のととのえについて

お問い合わせはこちら

自然農法は どうすればうまくいくのか

自然農法は どうすればうまくいくのか

2021/02/25

京田辺市 同志社前「なな色の空」のお野菜たち。

 

自然農法は、本に書かれたとおり、教わったとおりやっても、うまく行かなかったりします。
それぞれの土壌に合わせたやり方が、必要だからです。
私の「本や塾で学んだことと違ってた!」という経験を、お話ししたいと思います。

 

私が最初にご縁があったのは、奈良の川口由一さんでした。木津川市の細谷さんにもお世話になりました。私のやり方は、川口さん式がベースになっています。

 

 

これまで経験した畑は4カ所
①奈良県宇陀市  1年
②京都府木津川市 4年
③京都府京田辺市 7年
④京都府井手町  半年

 

田んぼは3カ所です。
①奈良県宇陀市  1年
②京都府木津川市 4年半
③京都府八幡市  数年

 

知り合いの田畑のお手伝いや、見学なども、してきました。

 

 

●耕さない方がいい?
状態の悪い畑では、当てはまらないことが多いと感じています。
ただ地表は、草で覆われている方がいい、裸になるのは良くない、のは確かです。

直前まで耕していた土地のばあいは、まず耕さないで、それでどうなるのかを観察するのがいいと思います。

耕作放棄地は、現状を観察して、どんなテコ入れが必要か考えます。

 

そもそも良い土地(イヤシロチ)であれば、耕作放棄地にはなりません。
もともと良い土地だったのに、耕耘や施肥により悪くなった可能性もあります。
耕作放棄地で良い土だった、という方には、1人しか出会ったことがありません。

 

悪くなった土は硬く、土壌微生物は少なく、植生は偏っていて暴れています。
雨が降るとドロドロ、雨がないときはカチンカチン。
自然には治癒力がありますが、座して待つだけではなかなか良くなりません。

 

そうしたところは、地下に強固な硬盤層や粘土層があります。

農機具による物理的アプローチで、積極的に壊したほうがいいです。

しかし滞った体もマッサージしすぎると返りが来るように、何事もほどほど、腹八分目が肝心です。

地表は裸にしたくないし、上層部の状態が良ければその構造は壊したくありません。

 

地中の状態を知るため、60cmくらい掘ってみるといいです。

個人レベルの田畑ではユンボなど身近にないので、使える道具で地道にやりましょう。

 

 

●硬い土に生える雑草は、土を柔らかくする?
私の畑の雑草は、なりませんでした。
畑仲間の友人も、ならないと言っていました。
なるケースも、あるのかもしれません。

 

植物たちには、自分たちの住みやすい環境を 自ら作る、という側面があります。

硬い土が好きな植物には、硬い土を維持しようとする側面があります。
また反面、植物たちは助け合っており、近くにいてほしい草が柔らかい土好きであれば、柔らかい土を用意しようとすると思います。

 

 

●おぎないが必要?
という考え方はおかしいと思います。
奇跡のリンゴの木村秋則さんは、山の木や草は肥料を与えていないのに元気だ、ということを発見しました。

 

自然界で植物は、空気中の窒素や土壌中のリン酸を、自分の体内に取り入れることができます。
土壌微生物に協力してもらうのです。
植物は、根から土壌微生物の好きな有機物を提供します。

ギブ&テイクの関係です。

 

空気中の窒素を吸収できるのですから、栄養素は無限にあります。
人が、化学合成窒素などの肥料をまくと、土の成分バランスが不自然になって、土壌微生物のなかには生存できないものも出てきます。

 

自然の摂理に即したあげかただったら、いいと思います。

例えば果菜類は本来、熟れて落ちた実の養分が土にかえり、次の世代の種はそこで発芽します。

また土壌が十分に良くなっていない場合、対処療法としてあげたらいいと思います。

 

 

●畑に、米ヌカやモミ殻かをまく?
田んぼの残渣は、畑に適していないと感じます。
米ヌカやモミ殻は、畑ではなかなか分解されません。
地表を覆うための籾殻はいつまでも地表に残っているし、肥料がわりにすきこんだ米ぬかはいつまでも分解されません。
ベトッとした土に米ぬかをまくと、ますますベトッとします。

 

グランドカバーとしてモミ殻が使いやすい時は、補いではなく資材として用います。

また燻炭にすると土に返りやすい。

精米で出る米ぬかも、ゴミ箱に捨てるより土に返すのがいいと思います。

 

 

●輪作は必要なこと?
前述のとおり、植物たちには、自分たちの住みやすい環境を作っていく習性があります。
種を近くに落とす植物は、毎年同じような場所で生きるのが自然です。
遠くへ運ぶ植物は、場所を移動させるのが自然です。

 

●種を筋まきする?
自然界では、種は筋には落ちません。

しかし人間がお世話しやすい位置に育ってもらうことも、大事です。

それぞれの作物がどのように種を蒔くのか想像し、人間の都合も加味して考え、種の降ろし方を決めます。
作物自身に蒔いてもらうのと合わせ技にしても、良いと思います。

 

どんな種も自然界では、バラ蒔きというか、アトランダムに落ちますが、種と種がくっついていると生育初期に徒長してしまいます。

徒長を防ぐため、間引くタイミングを逃さないよう神経を使うなど、仕事が増えます。

何蒔きにしても、土を被せる前に種と種がくっつかないようにすると、後が楽です。

 

野生種は、くっついていても間引かなくても、淘汰のメカニズムが働くそうです。

人間が蒔く種もそうなってくれたら、どんなにか楽でしょう!

種採りを繰り返していると、だんだんそうなるかも。

野生の感覚を失っているF1種は、人間のお世話しやすさ優先でいいと思います。

 

 

●湿り気を保つため鎮圧する?
川口さん式では、畝を立てたあと、種をおろしたあと、鎮圧します。
土が地中までほこほこしていれば、湿り気を保つために鎮圧するのは良いと思います。
しかし団粒構造でないベタッとした土を鎮圧すると、さらにベタッとしてしまいます。
鎮圧しないと乾きやすいのも確かなので、総合的に判断・対処しましょう。

 

●お椀やひしゃくで水やり?
植える前の苗や、苗の植え穴に、お椀やひしゃくで水をあげるのは、団粒構造がしっかりできている土には問題ないかもしれませんが、そうではない土質だと団粒構造をつぶしてしまいます。
じょうろであげるとマシです。

 

●通路の幅は?
通路が狭いことが多いように思います。動きにくいと作業効率が下がります。
自給農法の市川ジャンさんは、畝を広くしようと欲張る前に、ストレスなく動ける通路の確保が先、と言います。自分が快適でないと、作物の快適さをおもんばかってあげられません。

 

●畝や通路はまっすぐ?
自然界に直線はありません。
水や風の流れはうねうねしています。

その方が水や風にとっては自然で、快適なのでしょう。
でも人は、真っすぐの方が作業しやすいので、真っすぐにするところと、うねっていて差し支えないところの折り合いを、考えます。

 

 

●田んぼの中に溝を切る?

溝を切るのは、裏作の麦のため水はけを良くしたいから。
それと、水を張ってあるあいだ、水に動きをもたらすため。(と思います)
水は停滞していると澱んできます。
常に山水が補充され水が動いている棚田のようなところでは、必要ないと思います。

 

慣行農法の田に溝はありません。

水が停滞していないという微妙な居心地は、影響しないのでしょう。

 

 

 

 

西洋医は症状に対して薬を処方しますが、漢方医は症状ではなく体質に対して処方します。
だから風邪をひいても、関節が痛くても、頭痛がしても、同じような漢方薬が出たりします。
それは手抜きなのではなく、体質に対して処方するからなのです。
同じ風邪でも、人が違えば、合う漢方薬は違います。

 

慣行農法(肥料+農薬+F1の種)は、西洋薬に似ています。
どこでやっても、同じ結果が得られやすい手法なんです。
自然農法でうまく行かず慣行農法でうまく行った、慣行農法の方が優れてるじゃないか、という意見を幾度か聞きました。

しかし単純比較はできないのです。

 

自分の田畑に合うやり方を見つけるには、観察して、トライ&エラーを繰り返すしかありません。
子育てと一緒で、他人の子育て法は、自分の子にぴったり当てはまらない。
すぐに答えがわからないし、すぐに結果は出ないのです。
曇りのない目で見て、曇りのない頭で考える、癖が大事です。

うまく行きだせば、自然農法のほうが格段に美味しくて栄養価の高い作物が獲れるでしょう。

 

私が借りている田の一部を、知人に貸したときのこと。
表面を5cmくらい軽く耕したい、と言うのです。しかしそこの土は、黒くてホコホコしています。
現地入りしてから、畔豆を植えていいですか?とも聞かれました。そこの畔は人ひとりがやっと通れる幅しかありません。一体どこに畔豆を植えるのでしょう。

現場を見ていれば、かような発言はないはずだと思います。 

 

日本の田畑の多くは、コンクリート化で本来の生命力を失っています。
化学物質で解決しようとするのは、人体に対する対処療法と一緒で、その場をしのぐことはできますが、本来の治癒力は更に失われます。
本質的に良い田畑にし、良い作物を作るのに向いているのは、自然農法だと思います。

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。