中川恵バイオリン・ビオラ教室

バイオリン・ビオラ 毛替えの作業について

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バイオリン・ビオラ 毛替えの作業について

バイオリン・ビオラ 毛替えの作業について

2020/08/20

弓の毛の違いで 、弾きやすさが変わることをご存知でしょうか。私が気に入っているのは、丸一商店が卸している「ルッキ」という馬毛です。すすめられて初めて張ったとき、「まるで弓を買い替えたみたい」だと思いました。職人さん(Sさん)にそう言うと、「みな同じことを言う」と返されました。

 

それまで弦や松脂をいろいろと試していましたが、やめてしまいました。その馬毛が、衝撃的なほど弾きやすかったからです。肩当て・顎当てを探しつくして、自分なりの結論(ピッタリのものはない・ピッタリはよくない)に辿り着いた時期とも重なりました。

(1)毛替えのタイミング

バイオリン/ビオラの毛替えのタイミングには、以下のようなシチュエイションがあります。

①引っかかりが悪くなる
②伸びる
③黒ずむ、黄ばむ
④切れて量が減る、ばらつく、かたよる


① 毛は徐々に摩耗するので、引っかかりが悪くなっているかどうかは なかなか分かりません。ですので半年に1回とか、年1回とか、自分で間隔を決めてバイオリン工房へ行くことになります。毛替えをしてもらったあと弾きやすくなったと感じたら、それ以下の間隔で毛替えに行くと良いということになります。

引っかかりの良し悪しは、松脂の量でも変わります。弓の毛がすべりやすいと感じたときは、松脂の量を増やしてみてください。松脂は、弦がわずかに白くなるくらいが適量で、バイオリンの表板まで白くなるのは塗りすぎです。

大人の初心者の生徒は、1回目の毛替えを勧めるのが、習い始めて数年後になることもあります。できるだけ余計なお金は使わないように、と考えるからです。もし毛替え後に、弾きやすくなったと感じられないなら、まだ毛替えしなくて良かったということになります。

毛替えして弾きやすくなった実感がなくても、楽器の定期点検という視点で間隔を決める、という考え方もあります。

② 毛はだんだん伸びてきて、ネジをいっぱいまで巻いても、張りが十分ではなくなってきたりします。(毛をゆるめないで片付けていると、毛が早く伸びます。またスティックに負荷がかかります。)

毛は1本1本伸び方が違うため、ばらけてきます。ばらけてくると、それだけ弾きにくくなります。

③ 手で触れすぎると脂で黒ずみます。触らなくても年月がたつと、静電気が塵や垢をひきよせ、黒ずんだり黄ばんだりしてきます。

④ 年月がたつと、経年劣化で切れやすくなります。しまっておいただけの弓の毛が、ボロボロになることもあります。漂白している毛も、切れやすいです。弾くときに切ってしまう場合は、切れないような弾き方を勉強しましょう。

(2)毛替えの値段について

毛替えの作業をする人に近いほど、安くなります。大きな楽器店に預けるより バイオリン工房の職人さんにしてもらう方が安いのです。楽器店に預けても、バイオリン工房の職人さんが下請けしています。

通常のグレードだと、バイオリン工房では5000円+税~が多く、楽器店では6000円+税~ です。
その上のグレードは工房では8000円+税~のことが多いですが、楽器店との値段差はさらに広がります。倍の値段が付いているのを見たこともあります。(2020年現在)

ただ楽器店でも、腕のいい誠実な社員(職人)さんがいることがあります。職人さんも、腕がイマイチだったり、えらそうだったりすることがあります。お店によって一様ではありません。

修理になると値段はぴんきりです。数倍違ってくることもあります。修理が必要な事態になる前に、バイオリン工房へ毛替えをしにいき、かかりつけの職人さんを探しましょう。

楽器店と工房、その他のお店(ネットショップ等)の違いについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。

2019.12.02 バイオリン・ビオラはどこで買ったらいいか

(3)馬毛の選び方

良い馬毛は、消耗しにくかったりします。高い毛を選んだ方が、結果的に節約になることもあります。

控えめな職人さんほど、グレードの高い毛を勧めません。楽器購入に際してもそうです。だからといって本当に良いものを勧めてくれないのも困りますが。。
私が毛替えをしてもらっていた職人さんは3人おられますが、どの方も高いグレードの毛を積極的には勧めてくれません。

ルッキに惚れこんでいる私は、豊中のバイオリン工房のSさんに聞いてみたことがあります。「どうしてルッキを勧めないんですか?」「全てのお客さんがルッキにして良かった、と言ってくれるわけじゃないんだよ」というお返事でした。
私もルッキが品切れだったとき、仕方なくほかのルッキと同グレード(同価格)の毛を張りましたが、それはイマイチでした。グレード(値段)が高ければ弾きやすいと感じられるわけでもないんだな、と思いました。

ルッキは引っかかりが粗い気がするので、チェロには向かないかもしれません。このところ松脂はずっとベルナルデルを使っていたのですが、ルッキにはクロネコダークが合うかもしれません。しばらく試してみます。
バイオリンに良く使われる松脂は、クロネコライト、ベルナルデル、クロネコダークです。書いた順に粒子が細かくなり粘りが強くなります。楽器が大きく、音程が低くなるほど、粒子が細かくて粘る松脂を用います。

バイオリン・ビオラ・チェロの弓の毛は、基本的に同じラインナップから選びます。しかしチェロの友人によれば、バイオリンはこの3種類から、チェロはこの2種類から選んでください、ということも過去にあったそうです。
コントラバスは、楽器の属がバイオリン・ビオラ・チェロたちとは違い、弓の毛も全く違います。

実はルッキと同等以上に弾きやすい馬毛が関東にあります。今主力にしている弓を買ったとき、張ってあった馬毛が、ルッキより弾きやすかったのです。
問いあわせたのですが返事がないので、分からなかったのだと思います。残念です。

(4)バイオリン工房での毛替え作業

①仕入れた毛 > 使える毛

バイオリン工房で仕入れた毛束が、すべて使えるわけではありません。うねってる毛、太すぎる細すぎる毛、品質の悪そうなものを目で見てまびきます。良心的なバイオリン工房ほど、間引く基準が厳しくなるのは言うまでもありません。

人間の髪の毛も、馬の尻尾も、先へ行くほど細くなります。フルサイズの弓に必要な長さは70cmほど。長い尻尾であれば、70cmくらいまでは太さはさほど変わりませんが、中には伸びてる途中の毛もあります。70cmより手前で細くなっている毛は、まびかなければなりません。
分数バイオリンだと、必要な長さが短くなるため、短い尻尾の品種のおうまさんの毛が使われます。

通常は毛先を弓先にもってきます。が、職人さんもいろいろ研究されているようで、様々な意見があります。半分は逆方向にするのがいい(通常そう考えますよね)。と思ってやってみたら、何故か弾きにくくなった。半分ではなく数割を逆にするのがいい。などなど。

②張る毛の量

弓の毛の量をどのくらいにするかは職人さんごとの考えによります。これまでの毛替えで、多かったときと少なかったときを比べると、倍ほど違いました。

多めが一番弾きにくかったです。ヘッドに毛を押し込めるので、数日~数週間はティップの境目でぷつぷつと毛が切れていました。多いほど良心的との思い込みが職人さんに強かったからと思います。
少なめだったら良いのか、とも言えません。コストパフォーマンスを上げようと少なくする職人さんもいます。

真に使い手のための毛替えをしようとする職人さんは、弾きやすさを考えて量を決めます。ベストな量は、弓によって、弾く人によって、違います。

弓の毛が多いと、重心は先寄りに、少ないと元寄りになります。弓の重心の標準的な位置は決まっており、重心が先寄りになっている弓は、毛が少な目だと持ったとき軽く感じられます。また弓の毛が多いとスティックの腰が柔らかくなり、少ないと強くなります。

私が以前使っていた弓は、重心が先よりで、腰が強すぎました。いい弓はいい弓なんですけれど。
職人さんはティップの中をできる限り軽くし、フロッグにチタンのかけらを入れてバランスを取ろうとしてくれました。弓の毛は多めでしたが、それでも腰は強かったですね~。

私がいま使っているバイオリン弓は、関東のビオラの先生が探してくれたものです。そのとき関西のバイオリン工房でも探してもらいましたが、満足の行くものがありませんでした。
職人さんが「モノ」として良いという弓と、先生/奏者が使ったときに弾きやすいと感じる弓は、必ずしも一致しません。弓はコレクションではなく道具ですから、弾きやすくてなんぼです。

③弓を預かる vs 預からない

バイオリン工房で毛替えを依頼するときは、事前に予約をして、1~2時間ほど待っているあいだに作業してもらいます。また依頼する側がそれを希望すれば、一旦預けて、後日受け取りにくることもできます。

預けないばあいは、張りかえ後ドライヤーで軽く乾かし(作業中に水を含ませるからです)、乾いたあと不揃いな弓の毛を整えます。下からアルコールランプの火であぶると、少し長めの垂れさがっている毛が縮みます。最後に長すぎる毛や質の悪い毛をカットします。

預りを基本としているバイオリン工房もあります。数時間後の状態を確認したのちに、引き渡したいのだと思います。威厳を保ちたいからかな? と感じた工房もありました。

預からないバイオリン工房の職人さん達に、預からない理由を聞いてみました。
「お客さんが困るやろ」「預かっている間、その弓で弾けない」「また来ないといけない」
どこも同じ答えでした。
「数時間後の状態を確認しないと不安な作業しかできないなら、引き受けるな」という行間も感じました。

職人さんがおられない楽器店の場合、毛替えは預りです。預かるときに代わりの弓を貸してくれたりもします。
預けるしか選択肢のないお店へ出すときは、どこで誰が毛替えをするのか、質問しましょう。質問されることで、お店側にも緊張感がでます。

「預かるvs預からない」と大きく関係する、乾し方という問題があります。湿らせた毛に、ドライヤーなどの温風は当てない方がいいのです。もちろん職人さんたちは、熱風がスティック&毛を直撃しないよう、温度や風の当て方を工夫されています。
乾かさないまま返してもらうと、乾燥後の状態確認がされないだけでなく、ケース内が湿気たり、毛に雑菌が繁殖しやすくなります。

弓を預けて買い物などに行き、数時間後に戻ってくるのも、いいかもしれません。でもバイオリン工房なんてたまにしか行かないので、職人さんの作業のやりかたを見て質問したり、工房の中のものを眺めたりして、そこで時間をつぶす方がお得(?)です。売り物のバイオリンを弾かせてもらえることもあります。
作業中にあんまり話しかけると手元に集中できないので、気をつけましょう。

④バイオリン工房による違い

楽器店は、売っているものや提供サービスが、どこへ行ってもだいたい同じです。しかしバイオリン工房では、それぞれの職人さんの得意なことに重点がおかれていたりします。
新作楽器を作るのが得意な工房もあれば、調整が得意、修繕が得意、毛替えが得意な工房もあるでしょう。楽器店とちがい、どこのバイオリン工房へ行ってもだいたい同じ、ということはありません。

京都市内には、楽器の製作だけを請け負っている工房があります。大阪市内には、楽器の調整に特化している工房もあります。
豊中市にはバロック弓の製作を得意としている工房もあります。新作楽器を作る工房はたくさんありますが、弓はあまりなく、さらにバロック弓となると更にありません。お客さんの要望・ご縁を大切にしているうちに、その分野が深堀りされたのだと思います。弓の材料フェルナンブーコの削りくずは、染め物に使えるので、そこへ行くといつももらってきます。

たくさんの種類の毛から選べるお店もありますが、馬毛はひと束うん十万円するので、経営規模の大きいところでないと多くの種類は用意できません。職人さんが1人でされているバイオリン工房は、たいてい並グレードと高グレードの2種類です。
経年劣化もあるので、小さなお店なのに沢山並んでいる場合、回転率の低そうな毛は選ばないほうがいいと思います。弦にも同じことが言えます。

毛替えしてもらうとき、楽器の調整をしてもらうとき、いちばん大事なのは品質です。素人目には判断がむずかしいですが。誠意をもってやってくれるかも大切です。人柄が良ければ、品質を信じる、それもありかと。

関西弦楽器製作者協会

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