バイオリンを売る前に、販売店がしていること
2022/01/22
わたしが生徒さんのバイオリンを初めて拝見させてもらうとき、こんなところを見ています。
A)本体の重さや厚み、ネックの幅や太さ
A)ヒビや割れがないか
A)側板と表板・裏板が浮いていないか
A)ネックや指板がガタついてないか
A)指板が下がっていないか、弦高は適当か
A)弦の古さ
A)駒の加工は充分か
A)駒の位置、傾き
A)E線の駒へのくいこみ
A)ペグは吸いついているか
A)はじいた時、弾いた時、音色に不具合がないか
A)顎当てがガタついていないか
B)顎当てや肩当てが生徒さんに合ってそうか
B)アジャスターが生徒さんに適切か
B)エンドピンが尖ってないか
新しいバイオリンであればさらっと見るだけですが、家に眠っていたバイオリンを持ってこられたり、中古バイオリンを買ってこられたときは、入念にチェックして、工房で直してもらうべき点をピックアップします。
先生はバイオリンを「教える」「弾く」プロで、教えたり弾いたりしてお客様からお代をいただきます。
バイオリンという物体についてのプロは、それを製造したり販売したり、修繕したりする人です。売ることでお客様からお代をいただき、直すことでお代をいただきます。
バイオリン・ビオラ・チェロは販売されるとき、お店ではどんな確認がされているのでしょうか。
1)バイオリン・ビオラ・チェロ専門の工房
バイオリン工房は、調整や修理が主たる業務と思われがちですが、販売も大きな柱のひとつです。
様々な販売ルートの中で、販売前の点検が一番ちゃんとしているのは、バイオリン工房です。前掲した(A)の作業を、最も質の高いレベルでしてくれます。お客様の手に渡ったあとトラブルが発生したばあいの修理も、一番技術力が高く、一番値段が安くなります。
また魂柱やバスバーの状態確認は、職人さんでなければできません。工房での点検は(A)に加え
C)魂柱の位置や傾きは適当か
C)バスバーの位置は適当か、ハガレはないか
も見てくれます。
2年ほど前に生徒さんがメルカリで買った中古バイオリンは、私が発見できなかったネックの剥がれが、バイオリン工房で判明しました。ほかの部分の修繕費もかさんだため、結局生徒さんは、工房で新作のバイオリンを買い直しました。
4万円~十数万円の初心者向けセットバイオリンは、そのままお客様へ渡せる状態でメーカーから出荷されます。昔はそうではありませんでしたが、多様な販売ルートでさばけるよう、知識がない小売店経由でも売ることができるよう、製造・流通のグローバル化で変わってきました。
セットバイオリンは競争が激しく、利幅が少ない環境で 大量生産されているので、年代やロットによっては著しい不具合が出ることがあります。けれどバイオリン工房を介する販売ルートで買えば、1本づつ点検され、不具合があっても手直しされてから生徒さんの手に渡ります。購入後に困ったことがおきることは少ないのです。
エナバイオリンには、ペグが止まらないものがあります。
ペグは、ペグ穴との摩擦で止まっています。ペグとペグ穴の面が噛み合っていないと、ペグが戻りやすく、音程が狂いやすくなります。多少の齟齬ならペグソープ(ペグコンポジション)を塗れば止まりますが、2021年に楽器店で生徒さんが買ったエナは、2台ともペグソープで止まりませんでした。
2016年に購入したものが、穴の位置がボックスのへりにかかるようになり、止まらなくなったバイオリンもありました。
いずれも工房で買っていれば、おそらく無償で直してもらえたはずです。楽器店でエナを買った生徒さんたちは、あとからそれをバイオリン工房へ持っていって、有料で調節してもらいました。購入した楽器店へ持っていけば無料だったかもしれませんが、そこは販売員さんが見よう見まねでバイオリンの修繕をするお店でした。
楽器店にあるバイオリン教室では、レッスンルームのすぐ外でバイオリンを販売しています。先生としては「バイオリンはどこで買ったらいいでしょう?」と尋ねられても、まだ関係性のできていない生徒さんに対しては「ここで買えますよ」という返事になりやすいし、契約書に「当店のバイオリンを販売せよ」と書かれていることもあります。楽器店のバイオリンを買おうとする生徒さんを制止すると、先生は職を失いかねません。
バイオリン工房は、複数名のスタッフ・職人さんで運営しているところもありますが、お1でされているところも沢山あります。常時置いてある楽器の台数も、楽器店のようにはいきません。気軽に入店して、興味のあるバイオリンを弾かせてもらったり、しにくいものです。
私がお世話になっている中堅の職人さんは、お2人とも、「ふらっと入ってもらっていいんです」と言いました。その言葉通り、店舗の道路に面した部分はガラス張りになっています。
作り手側の視点に偏っているバイオリン工房もありますが、そうでない工房もあります。私は製造や修繕の知識を持とうと努力している先生ですが、私や生徒たちがお世話になっている職人さんたちは、弾き手の視点に立って考えようと努力されています。
2)バイオリン・ビオラ・チェロ専門の楽器店
1台目のバイオリンを買うときに、お勧めタイプの店舗です。楽器販売店と工房を併設しているお店もあります。
管楽器は、管楽器系の楽器店や、工房があります。また、オーケストラで使われるクラシック系の楽器、というくくりでご商売されているお店もあります。
店員さんは、作り手と弾き手 双方の専門知識を合わせもっていることが多く、工房よりユーザーの心情にそったアドバイスをしてくれます。
私がお勧めしている楽器店は、多くのスタッフが音大でバイオリンやチェロを学んできていますが、大人の初心者さんにも懇切丁寧な応対をしてくれます。専門店でありながら、ふらっと入って楽器を触らせてもらうこともできます。
このタイプの楽器店は、規模が大きければ、職人さんが社員として常駐しています。購入前の点検や調整、購入後のアフターフォローは、バイオリン工房と同様にしてくれます。
また(3)の様々な楽器を扱っている楽器店でも、バイオリン類に力を入れていたり、専門のスタッフが常駐しているところがあります。毛替えなどのメンテナンスは預かりになることが多いですが、初めてのバイオリンを購入するときなどは足を踏み入れやすいお店です。
訪問時に目的を果たしたいときは、事前予約をしましょう。いずれのタイプの店舗でもそうですが、売り手は早く商品を渡したいし、買い手は早く商品を受け取りたいものです。そうなると、充分な点検をしていないのに、商品をお客様に引き渡してしまう、ということが起こりがちです。予約して条件を伝えておくと、お店側では、条件に近いバイオリンは当日引き渡しができるよう、準備してくれます。
今年(2)の楽器店で、大人の初心者Aさんがバイオリンを買ってきました。「敷居が高く感じるなら、最初はフラッと立ち寄ってもいいんですよ」と私が言ったので、予約せず行ったようです。
初心者向けセットを選びましたが、点検してからお渡しするので再度ご来店ください、と言われたそうです。(3)の楽器店であれば、その場で渡しているでしょう。
去年(3)の楽器店で、大人の初心者Bさんがバイオリンを買ってきました。予約したほうがいいですよと伝えたのですが、初めてだから見るだけになるかもしれない、と考えたのでしょうか。予約をせずに立ち寄り、初心者セットを買ってきました。
幾度かのレッスンののち、これはメーカー起因では?と思われる不具合があり、予約のうえ楽器店で見てもらいました。めでたく無償交換となりましたが、メーカーへ返送してから新品が届けられるため、一週間 練習ができませんでした。職人さんの点検が入っていれば、購入時に判明していたかもしれません。
3)様々な楽器を扱っている楽器店
都市部を離れると、様々な楽器をあつかっている楽器店しかありません。何十種類もの楽器を取りあつかっているので、専門知識は期待できませんが、そんな中にも良心的でよいお店があります。よいお店は、店内の雰囲気やスタッフの応対に表れますので、バイオリンという大きな買い物をする前に、小さな買い物をしたり、お店のかたに質問したりしてみましょう。
こういった楽器店でバイオリンを買うと、多くはメーカー出荷時のものをそのまま渡されます。取り扱い方法を説明してもらえないことも、応対スタッフが取り扱い方法を知らないこともあります。買ったあとのメンテナンス、毛替えや調整も預かりになり、戻ってくるのは早くて一週間後です。預かりのあいだ代替品を出してくれることもあります。
預かりになったバイオリンは、宅急便でバイオリン工房へ送られます。これを職人さんから教えてもらったとき、預かりで出すのは絶対に止めよう、と思いました。当時京都市内で最も高名な楽器屋さんでも、預かりでした。高級そうな店構えでも、預かりのところがあります。
生徒たちが時折バイオリンを買ってくる大阪の楽器店は、枚方の工房へメンテナンスを外注するとき、車で運んでくるそうです。まとまった量があるからでしょう。
個人事業主としてお1人または少人数でバイオリン工房を開いている職人さんは、たいてい大きな楽器店の下請けもしています。同じサービスを受けるならバイオリン工房へ直接出向いた方が安くて丁寧なはず。同じ値段だとしたら、職人さんが受けとる報酬が少ないということです。(バイオリン教室の先生も同じです。)
様々な楽器を扱っている楽器店で買ったイーストマンのトラブルが、立て続けに起こったことがありました。
サイズアップした分数バイオリン3/4の指板が購入後すぐはがれ、生徒さんが1/2を使おうと取り出してみたところ1/2もはがれていたそうです。冬場でしたので、保管場所の湿度が低く、木が縮んだのではないかと思います。1/2は購入してから1年以上経っていました。
その生徒は自宅生でしたが、その楽器店の前を通ってうちへ通っており、保護者さんにも時間や労力にゆとりがなかったため、楽器店でバイオリンや付属品を買ってもらっていました。
最近のセットバイオリンは1年保証がついていることが多く、イーストマンにもついています。少なくとも3/4の修理代は無料になることが分かっていましたが、近所のバイオリン工房へ持っていくよう指示しました。(たまたま生徒さんちのすぐ近くに工房がありました。) 有料になりますが、対面で、その場で直してもらえます。楽器店のメンテナンス体制が、ちゃんとしていないことを知っていたからです。
ところがバイオリン工房からは、よそで買ったバイオリンは直せないと断わられてしまいました。しかたなく楽器店へ修理に出してもらいました。幸い2台とも製造不良と判断され、無料で直してもらえたのは良かったのですが、預かりとなったため半月ほど練習ができませんでした。また修理の作業は、バイオリンに関する勉強などしていない楽器店のスタッフさんがされたようでした。
4)ネットショップ
買い手との距離が遠くなれば、販売前の確認や調整がおろそかになりがちなのは否めません。
実店舗が運営しているネットショップは、実店舗と同じサービスレベルと考えていいと思います。
またネットショップonlyの楽器販売店でも、ネットショップだからこそ信頼を勝ち得ようと努力しているお店もあります。お店の自己紹介や、お客様対応のコラムなどを読んで、雰囲気をうかがいましょう。
誰にでも(私にも)バイアスというものがあって、「いいお店であってほしい!」と思うといいお店に見えてきます。ネット上で「職人が駒を削っています」という記述を読んで、ちゃんとした楽器店だろうと考え、バイオリンを買った生徒さんがおられました。駒を拝見したところ、小学生の工作のようでした。
最期に。
♪)店ではなく人です
ネットの楽器店で安いハズレのバイオリンを買ってしまった生徒さんから、「バイオリン工房へ持ちこむのと、職人さんがいる楽器店へ持ちこむのと、どちらがいいか?」と聞かれたことがあります。
こう答えました。「どちらの立場にいる職人さんの方が、覚悟をもって仕事をしているでしょうか?」
楽器店の職人さんはいわば1社員、工房の職人さんは事業主です。
生徒さんは言いました。「分かってる。だからこそ敷居が高い。こんなバイオリンを持っていって失礼ではないか?」 確かにタカピーな職人さんもいます。安価な楽器に顔をしかめたり、うちで買ってない楽器の面倒は見れないと言ったり。
その生徒さんは時間をかけて(1)~(3)タイプのお店をまわり、半年後に結局、枚方の工房で長く使えるバイオリンを買いました。その時はもう習いに来てはいなかったのですが、「工房で買いなおしました。良かったです!」との報告がきました。
仕事をするのは個人です。しかしまた個人の仕事ぶりは、どれだけ大切にされているかでも、違ってきます。独立して仕事をなさっている職人さんは、お客さんに大切にされればされるほど、お客さんに応えてくれる方が多いです。