カイザーやセヴシックは必要か?
2022/10/02
基礎練習の教本は、使い方を誤ると、バイオリンが下手になります。
弾き方(演奏フォーム)がどこか変なまま反復練習をすれば、変な弾き方が定着します。ましてや難易度の高いことを体に強いたら、変な弾き方を増長させます。
また単調な反復練習は、「歌心」を奪います。まじめな性格の生徒さんに基礎練習の教本をどう使うかは、細心の注意が必要です。
基礎練習の教本は、曲仕立てのタイプと、曲仕立てでないタイプがあります。どちらのタイプが一見わからない教材も、それが作られた意図を考えれば、どちらかに分類できます。
使い方を誤ると「歌心」を奪うのは、曲仕立てでないタイプの素材です。曲仕立てタイプでも、訓練だからと意図して機械的に弾くと、「歌心」を奪ってしまいます。
スケール教本は、曲仕立てタイプです。アルペジオなど、まさに曲です。スケール教本で基礎練習を行うとき、曲っぽく弾くべきか、無味乾燥に弾くべきかは、先生により意見がわかれます。森悠子先生は自著「空に飛びたくて」のなかで、スケールであっても歌心をもって弾くべきだと述べています。
水野佐知香という先生がおられます。2010年の日本音楽コンクールでは、門下生の山根一仁さんが1位、同じく毛利文香さんが3位に入りました。略して「日本音コン」は国内最高峰のコンクールです。ご自身も1975年に1位になっています。
当時中学3年生だった山根くんと高校1年生の毛利さん、そして水野佐知香先生3人のインタビューが、「ストリングス誌」という雑誌に掲載されました。手元にありませんが、今でもおぼえている内容が2つあります。
① 山根くんは、一般的な教本(カイザー・セヴシック・クロイツェルなどだと思われる)をやらなかったそうです。嫌いだったんでしょう。では一体何をしていたのでしょう?? それは書かれていなかったと記憶しています。たぶん小野アンナ/カールフレッシュなどのスケール教本はやったでしょう。でなければあんな風に弾けません。
彼が基礎練 教本をやっていないと知って、驚くと同時に、驚いていない自分がいました。「上手になるためには、コレは必須なのだろうか?」「コレをやれば、上達するのだろうか?」と疑問に感じていたからです。セブシックやシェラディックという教材そのものが悪いのではなく、「とにかくやればいい」という考え方、使い方に違和感を覚えていたのです。
② 水野先生は「生徒を教えるときは、その人の魂を見るようにしている」そうです。
バイオリンの先生という人種は、優秀な生徒がいると、基礎練習の教本をやらせようとします。ましてや音大進学・プロを目指す生徒には、当然のごとくカイザー、セヴシック、クロイツェルなどをさせます。
しかし水野先生は、山根くんの魂を見て、強要しなかったのです。毛利さんは反対に、そういった教本を次々とこなしていくタイプだったそうです。生徒により、与える課題が全然違っていたわけです。
これは先生にとっては、ものすごくやりにくいことで、水野先生のように黙っていても生徒が押し寄せるクラスの先生がそうされていたとは、驚くほかありません。いや、だからこそ、名教師と目されているのでしょうか。
日本音コンはいつも年末にNHKで放映されます。本選に残った4名がどういう順位になるのか、毎年予測しながら見るのが楽しいのですが、2010年は山根くんが圧巻でした。
しかし、毛利さんは日本音コン3位では終わりませんでした。2015年にパガニーニ国際ヴァイオリンコンクール2位、同年エリザベート王妃国際音楽コンクール6位。この2つの結果は、日本音コン1位より素晴らしいものです。
水野先生は間近にお会いしたことがあります。20年前「イーストマン音楽学校夏季セミナー in浜松」にて、高校生の娘さんの受講に付き添っておられました。オリグ・クレサ先生のレッスン聴講に行ったらおられたのでビックリ。娘さんとの会話に耳がそばだちます。何やら相談されても、突き放しているというか、淡々としているのが印象に残りました。(じゃ、なんで来てたん? 謎)
イーストマン音楽学校というのは、ジュリアード音楽院やカーティス音楽学校に次ぐ、アメリカの音大です。イーストマン音楽学校のあるロチェスター市と浜松市が友好都市であることから、当セミナーが一時期開催されていたようです。
各種スケール教本
指導していた京田辺のアマオケで、カイザーとクロイツェルを全部やったという方に出会ったことがあります。大人になってからバイオリンを始め、先生について熱心に練習してきたようでした。しかし残念ながら少し難しいエチュードになると、何を弾いてるんだかわからない、という状態でした。私のバイオリン教室の生徒なら、カイザー/クロイツェルに着手するレベルに達していません。おそらく
絶対上手になりたい
→本格的な基礎練習をしよう
→カイザー/クロイツェルを順番にこなす(こなすことに意義がある)
という感じでレッスンが行われていたのでは、と思います。
先生も生徒も、課題(曲)はひとつづつ終わらせて進んでいきたいものです。私もその欲望?に勝てず、一定期間すぎると次の課題(曲)へと進んでいたことがあります。しかし出来ていないのに進むと、どこかで破綻をきたします。今は心を鬼にして、進みません。だから私のレッスンの生徒たちは、進むのがゆっくりです。けれど実力は、着実に身について行っていると思います。
ピアノに比べると、バイオリンは教材の種類が限られているので、他の教室から移ってきた生徒さんも、使っている教本をそのまま使用します。メインの教材は「スズキ」か「新しいバイオリン教本」のほぼ二択です。例外としてヤマハの教材、海外から帰国された生徒さんが持ってくる教材などがあります。
「スズキ」の4巻以上、「新しいバイオリン教本」の3巻以上を持ってくる生徒さんは、それだけ腕前が高いということで、ほかに基礎練習のための教本を持っていることがあります。
スズキのほかに、セヴシックとシェラディックを持っていた生徒がいました。前の先生にやらされ?かけた名残があります。そのまま使うのが良かろうと考え、彼女に適した「さらい方」を指定しましたが、1回も家でおさらいしてきませんでした。
数カ月ねばって、彼女にセヴシックとシェラディックをさせることは諦めました。結局好きな曲中心のレッスンとなりましたが、数年で演奏フォームは改善しました。当初 下半身と上半身がねじれた状態でしたが、ねじれないでバイオリンが弾けるようになりました。また右腕の動かし方も自然な状態になりました。
彼女のようなケースは珍しくありません。自分が楽しくないことはしない。若い世代に多いです。楽しいことは頑張りますから、全てにおいて努力しないワケではありません。それもありでしょう。
ただ少し大人になってきたら、夢をかなえるには/必要なものを手に入れるには/生きていくためには、楽しくない努力も必要なことがあります。
バイオリン・ビオラが上手になりたいなら、スケールはした方がいいでしょう。曲をやらせていて、つまづく点を観察していると、スケール練習の不足だなと感じることは、子供でも大人でも よくあることです。
以前は、小野アンナの1オクターブのスケール、または手書きプリントのスケール(ビオラの場合は磯先生の教本)をやらせていたのですが、最近はもっぱら耳コピーから始めます。紙に書かれたスケールを、眼から入れて弾かせると、拒絶反応があるようだからです。
スケール教本に拒絶反応があるばあい、ホーマン2もお勧めです。調ごとの章立てになっていて、どの章にもスケール/アルペジオ/三度のスケールっぽい課題が必ずあります。
ホーマン2は、「スズキ」「新しいバイオリン教本」で十分に弾けていないのに次々と進んできてしまった子供が、落ち着いて基礎をやりなおすのにも向いています。スズキ5巻を停止して、ホーマン2に嬉々として取り組んでいる生徒もいます。そろそろスズキ5に戻る?と尋ねても、首をぶんぶん横に振ります。
一定レベルのスケール/アルペジオが身についたら、小野アンナ(など)の2オクターブはしなければなりません。バイオリンが上達したければ、避けて通れない道です。2オクターブの頁をしっかりやっておけば、あとはその応用力でアマオケの1stバイオリンができます。